photo 古瀬桂

登録有形文化財
「大野邸・旧事務所」
      保存修理

大野邸・旧事務所の歴史的・文化的価値

 大野邸・旧事務所(母屋)は、士別市大通西1丁目 1918 番地 4〜8 のうち、分筆された5 と 6 の敷地の家屋番号 479 番にあたり、 西1条1号通りに面して西側を正面として建つ。この敷地は、北海道で最後に設置された士別屯田兵村(明治 32(1899)年)の南側番外地にあたる当時の繁華街近くにあたり、士別草創期の記憶を伝える場所でもあった。
 昭和 2(1927)年建設、昭和 13(1938)年頃に一部増築されたと推定される切妻平入の平家の建物で、正面は、大屋根軒下を出桁造りとし、出窓上の庇のほぼ中央に鬼板を掲げた入母屋屋根を玄関部にいただき、正面外壁の押縁下見板や玄関左右に木製縦格子の出窓を見せる和風の建物である。正面の黒漆喰の小壁や妻面の真壁構法などには、北の寒冷地にも関わらず優れた左官技術を見ることができる。
 南側の事務所と応接室にあたる部分は、幾何学的な組子の欄間意匠や円窓など、1930 年代に風靡したアール・デコ風の意匠などモダンな意匠も展開しており、和洋折衷住宅の好例の一つでもある。
 応接室の円窓意匠は、1930 年代の都市部の住宅でよく見られた意匠で、札幌では栗谷川邸(南12条西17丁目、昭和 7(1932)年)、旧三菱鉱業寮(北 2 条東 6 丁目、昭和 12(1937)年頃)、大島旧邸(カトリック札幌司教館、北 1 条東 6 丁目、昭和 12(1937)年、平成 30(2018)年解体)、斉藤邸(大通西 28 丁目、昭和 9(1934)年、解体) 、旭川では尾田家住宅(宮下通15 丁目、昭和 8(1933)年)、山崎家住宅(曙 2 条 3 丁目、昭和 12(1937)年)などがあげられ、地方都市にあってもほぼ同時代的に展開されたモダン意匠要素の一つと言うことができる。
 内部は、北側は建物規模にしてはやや大き目の 2×3 間の玄関を逆 L 型に囲む和室群で構成され、南側は事務室と応接室である。和室周りの障子や襖、欄間などの建具は、いずれも造作技能の高いものが使用されており、また玄関戸や事務室・応接室のガラス戸などに建てこまれたガラスも様々な種類が使用されるなど、居住用と同時に展示用住宅の機能を併せ持つ意図もあったように思われる。
 本建物の上棟は、小屋裏に遺存する棟札から昭和 2(1927)年であり、築後 90 年以上経ていること、また増改築されたと推定される昭和 13(1938)年からでも築後 80 年を経ており、建設後 50 年以上経過という登録有形文化財の基準に達している。
 昭和初期から 10 年代の北国の都市住宅としては類例の多くない和風の外観デザインを踏襲しつつ、 内部の洋室まわりには 1930 年代に流行したアール・デコ風意匠を展開するなど、伝統的意匠とモダン意匠とを組み合わせた質の高い空間を創出している。さらには、外部小壁の左官技術や和室周りに建てこまれた建具類なども、創建時の職人技能の高さを伝える上で貴重な存在と言うことができる。
 所有者大野土建(株)の創業は、明治 45(1912)年、初代社長大野直吉(明治 3(1870)〜昭和 25(1950))の時代であるが、以降繁一(明治 27(1894)〜昭和 39(1964))、忠義(大正 7(1918)〜平成 22(2010))、裕一郎(昭和 26(1951)〜)、真一郎(昭和 30(1955)〜)と 5 代にわたり、地域の土木建築業を牽引してきた存在である。忠義は、昭和 30(1955)年、土木建築などの請負業者の融和と親睦を図り、事業発展と共存共栄の事業を通じて士別市の発展に貢献することを目的に、士別土建協会を発足させ、初代会長として昭和39(1964)年まで勤めるなど、今日の士別建設業協会の礎を築いた。
 また施工した建築としては、 士別尋常高等小学校(昭和2 (1927)年)や士別神社拝殿(昭和 5(1930)年)、耐火校舎の当麻中学校(設計:落藤藤吉北大施設課長、昭和 27(1952)年)やユニークな平面の当麻小学校(設計:落藤藤吉北大工学部教授、 昭和 32 (1957)年)、士別市立病院(昭和 28・29(1953・1954)年)など、地域を代表する公共建築も多数あり、昭和 47(1972)年に現社屋が完成するまで、本建物である旧事務所がこれらの活動拠点でもあった。いわば、この地域の建築請負業活動の歴史を語るシンボル的存在とも言える。
 なお、本調査の対象である大野邸・旧事務所の背後に連なる物置(旧居宅)は、規模は縮小されているものの大正 9(1920)年建設の旧居宅・事務所の遺構であり、また東棟居宅は昭和 7(1932)年建築、一部昭和 47(1972)年増築の建物で、創建時は腰折れ屋根の特徴的な建築であった。本調査対象の大野邸・旧事務所に加え、接続するこれらの建築群についても、大野家の歴史と大野土建(株)の沿革と深く関わる貴重な歴史的建造物群と位置付けたい。さらに大野邸・旧事務所と東棟居宅に囲まれた中庭も、築庭当初の池跡や石橋、低い築山なども遺存しており希少である。
 以上述べたように、本建物は、士別草創期の市街地形成を語る上で、また地域の産業の歴史を語る上でも欠くことのできない存在であるとともに、国土の歴史的景観に寄与していること、再現が容易でない建築技能者の技や技法を伝える存在でもある。さらには所有者は、本建物の保存ばかりでなく、今後の活用方策について、地域コミュニティーの核になる存在となることを希望しており、今後の活用も大いに期待される歴史的建物と言うことができ、登録有形文化財登録にふさわしい歴史的資産と言うことができる。
士別市には有形文化財としては、現在屯田兵屋(明治 37(1904)年、西士別町ぶどう公園内)があるのみであり、士別市の歴史を語る上で、あまりにも寂しい。士別駅前の倉庫群のほか、市内にはまだまだ歴史的建造物が点在しており、こうした地域の歴史的資産の存在調査や今後のあり方に対しても、大野邸・旧事務所の登録有形文化財登録は、大きなきっかけとなることが期待される。
大野邸・旧事務所 調査報告書
(NPO法人 歴史的地域資産研究機構 2018年3月)より

登録有形文化財
「大野邸・旧事務所」
      保存修理

  • 所在地 北海道士別市
  • 建築年 母屋:1927年(昭和2年)5月上棟(1937年(昭和12年増改築))
  •     東棟居宅:1932年(昭和7年)(1972年(昭和47年)頃増改築)
  •     物置(旧居宅)棟:1920年(大正9年)(1972年(昭和47年)頃増改築)
  • 主要用途 住宅・事務所
  • 構造・階数 母屋:木造平屋
  •       東棟居宅:木造2階た
  •       物置(旧居宅):木造平屋
  • 敷地面積 1404.97㎡
  • 建築面積 母屋:136.86㎡
  •      東棟居宅:135.81㎡(渡り廊下含む)
  •      物置(旧居宅):38.09㎡(渡り廊下含む)
  •      合計:310.76㎡
  • 延床面積 母屋:136.86㎡
  •      東棟居宅:192.11㎡(渡り廊下含む)
  •      物置(旧居宅):38.09㎡(渡り廊下含む)
  •      合計:367.06㎡
  • 設計者 不詳
  • 施工者 母屋:浅野浅次郎(棟札による)
  •        同増改築:佐野浅次郎(棟札による)
  •     東棟居宅・物置(旧居宅):不詳
  • 指定選定等 国 登録有形文化財
  • 保存改修工事
  • 設計者 (株)照井康穂建築設計事務所
  • 構造設計 (株)コンステック
  • 設備設計 (株)照井康穂建築設計事務所
  • 施工 亀田工業(株)
  • 左官工事 植田俊彦
  • 竣工 2024年
  • 写真 古瀬 桂

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